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福岡地方裁判所 昭和34年(行)18号 判決

原告 宮本言道

被告 福岡県知事 飯塚市農業委員会

補助参加人 鳥井正勝 外一名

主文

原告と被告飯塚市農業委員会との間おいて、同被告が訴外鳥井シマ、同柴田九八郎に対して昭和三〇年九月二四日付をもつてした別紙第一目録の土地に対する買収および売渡の各計画の取消処分は無効であることを確認する。

原告の被告福岡県知事に対する請求はいずれも却下する。

訴訟費用中、参加によつて生じたものは、これを二分し、その一を原告、その余を参加人の負担とし、その余の部分については、原告と被告飯塚市農業委員会との間に生じたものを同被告の負担とし、原告と被告福岡県知事との間に生じたものを原告の負担とする。

事実

第一、当事者の申立

一、原告訴訟代理人は、

(一)  原告と被告らとの間において、被告飯塚市農業委員会(以下、「被告農業委員会」という。)が、訴外鳥井シマ、同柴田九八郎に対して昭和三〇年九月二四日付をもつてした別紙第一目録の土地に対する買収および売渡の各計画の取消処分は無効であることを確認する。

(二)  原告と被告福岡県知事(以下、「被告知事」という。)との間において、同被告が同月二三日付でした右第一項記載の買収および売渡の各計画の取消を確認する旨の処分は無効であることを確認する。

(三)  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決を求めた。

二、被告ら指定代理人は、本案前の申立として、「原告の請求をいずれも却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」、本案の申立として、「原告の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との各判決を求めた。

第二、当事者の主張

一、原告の請求原因

原告訴訟代理人は、請求原因として、つぎのとおり述べた。

(一)  別紙第二目録の土地(以下、「本件土地」という。)はもと訴外鳥井シマの所有するところであつたが、被告農業委員会は、昭和二三年六月一二日、自作農創設特別措置法により、本件土地に対する買収および売渡の各計画を樹立し、同年七月二日、被告知事は、右計画に基き、本件土地の買収処分をしたうえ、同日訴外柴田九八郎にこれが売渡処分をした。

(二)  しかして、原告は、昭和二六年二月二四日、右訴外人との間に本件土地につき、売買契約を締結した。

(三)  ところが、訴外鳥井シマは、昭和二九年に至り、被告ら両名および訴外柴田九八郎を被告として前記買収および売渡の各処分の無効確認の訴を福岡地方裁判所に提起したが、昭和三〇年七月一一日被告らの斡旋で、訴外鳥井シマと同柴田九八郎の間に本件土地のうち、別紙第一目録の土地の所有権を訴外鳥井シマに移転し、残余をそのまま訴外柴田九八郎に帰属せしめる旨の和解契約が成立し、右訴はその後取り下げられた。

(四)  しかして、被告農業委員会は、同年九月二四日、本件土地のうち別紙第一目録の土地について、前記買収、売渡の各計画の取消処分(以下、「本件取消処分」という。)をなし、被告知事は、これに先立ち、同月二三日、右取消を確認する旨の処分をした。

(五)  しかし、本件取消処分および右確認処分は、つぎのような理由により無効である。すなわち、前記のように原告は、本件土地につき、売渡処分を受けた訴外柴田九八郎との間に売買契約を締結したが、本件土地はもともと、農地ではないものを誤つて買収、売渡の各処分がなされたものであつて、原告としては、右契約によつて本件土地の所有権を取得したものというべく、またたとえ農地であるとしても原告は宅地転用の許可を条件として本件土地を買い受けたものであつて将来その所有権の移転を受くべき債権を有しているのであるから、本件取消処分がなされることにより原告の前記権利が侵害される結果となるのである。このように行政庁が自らなした行政処分を取り消すに当り、既存の第三者の法律関係に影響を及す場合には、その取消につき強度の公益上の理由が必要とされるところ、本件取消処分は、原処分後七年有余を経過した後、単に前記のような和解契約が成立したという理由のみで他になんらの公益上の理由もなくなされたものである。したがつて本件取消処分およびその取消の確認処分はいずれも無効というべきである。

よつて、原告はその旨の確認を求める。

(六)  かりに、行政処分無効確認の訴が、当該処分の当事者に限つて提起されるものとするならば、原告は前記のように訴外柴田九八郎の債権者であるから、同人に代位して右各処分の無効確認を求めるものである。

二、被告ら、補助参加人らの主張

被告ら指定代理人および補助参加人ら訴訟代理人は、本案前の抗弁および本案に対する答弁として、それぞれつぎのとおり述べた。

(一)  本案前の抗弁

(イ) 被告らの主張

本件取消処分は、訴外鳥井シマおよび同柴田九八郎を当事者とする行政処分であつて原告にはなんらの関係もない。たとえ、原告主張のような売買契約が締結されていたとしても右契約はその締結に当り県知事の許可を受けていないから無効というべきである。また右契約が当事者間において有効な債権関係を生じさせるとしても原告は契約当事者以外の第三者の所有権の変動を争うことはできない。したがつて原告は本訴につき当事者適格を有しない。

(ロ) 補助参加人らの主張

(1) 原告の本訴請求は、行政処分の取消を求める訴をもつてなすべきところ、右取消を求める訴の提起の要件である訴願を経由していないのみか、出訴期間をも徒過している。

(2) 原告主張の売買契約は、本件土地が農地であるにかかわらず原告は農業を営む者ではないから自作農創設特別措置法ないしは農地法に違反し、無効である。また、行政処分は、民事上の私法行為に優先して効力があるところ、右売買契約は、本件取消処分前の行為であるから、本件取消処分に対抗できず無効である。かりに右売買契約が有効としても、右契約は解除権留保の特約に基き訴外柴田九八郎より原告に対し解約の申入れがなされ昭和二九年一月六日右契約は解除された。

したがつて原告は本訴を提起するなんらの利益を有しない。

(3) 原告が本訴請求をする理由は、本件土地に隣接して家屋を所有し、その一部が本件土地上に建築されていたことにあつたが、原告は右家屋の所有権を喪失したので本訴請求を維持すべき利益がない。

よつて、原告の本訴請求は却下されるべきである。

(二)  被告らの本案に対する答弁

(1) 請求原因第一項は認める。

(2) 請求原因第二項は知らない。

(3) 請求原因第三項中、訴外鳥井シマが原告主張のような訴を提起したことは認める。

(4) 請求原因第四項は認める。

(5) 請求原因第五項は争う。本件取消処分およびその取消の確認処分はいずれも有効である。すなわち、本件土地の一部は、もともと鉱害田であり、本来宅地として利用すべき土地であり近く土地使用の目的を変更することを相当とする土地であつたにもかかわらず、誤つて買収および売渡の各計画が樹立されたものであつて、かかる重大な瑕疵のため被告農業委員会は、被告知事の確認を得たうえで本件取消処分をしたものであり、かつ、訴外柴田九八郎も右取消に同意した。右のような重大な瑕疵のある右買収および売渡の各計画はこれを取り消すことが公益上の利益に適合するものである。

(6) 請求原因第六項は争う。債務者たる訴外柴田九八郎はすでに本件取消処分につきこれを争うべき権利を放棄しているので、債権者たる原告はもはや債権者代位権を行使し得る余地はない。

第三、証拠〈省略〉

理由

第一当事者間に争いのない事実

本件土地がもと訴外鳥井シマの所有であつたこと、本件土地につき原告主張のころ、その主張のとおりの買収および売渡の各計画が樹立され、それに基いて買収および売渡の各処分がなされたこと、原告主張のころ、右訴外人より原告主張のような訴が提起されたことならびに原告主張のころ、被告知事の確認をえたうえで本件取消処分がなされたこと、はいずれも当事者間に争いがない。

第二原告の当事者適格について

一、被告らおよび補助参加人らは原告は本件取消処分とはなんら関係のない第三者であり、たとえ原告主張のような売買契約が締結されていたとしても、右契約は無効であり、かりに有効としても、右契約をもつてしては、原告として本訴請求をなす利益がないことおよび右契約は解除された旨を主張し、原告の本訴請求につき、その原告適格を争うのでこの点から判断する。

原告として、行政処分無効確認の訴を提起するためには、その者が当該行政処分により、権利または法律上保護されるに足りる利益を侵害されたことを要すると解すべきである。そこでこれを本件について検討する。成立に争いのない甲第六号証の五、第一六号証の八、第一九号証の二および第二〇号証の二、原告本人尋問の結果(第一、三回)によつて成立の認められる甲第八号証の一、二および甲第六号証の二七ならびに右尋問の結果(第一回)を総合すると、原告はその主張のころ、訴外柴田九八郎との間に、同人が前記売渡処分により所有権を取得した本件土地を代金を金一七万五〇〇〇円とし、これが支払方法は金二万円は授受済とし、金七万五〇〇〇円は契約と同時に支払い、残金は移転登記完了と同時に支払うこと、登記については県知事の許可が得られたときに速やかにこれをなすべく何時にても原告が単独でなし得るよう関係書類をあらかじめ原告に交付しておくことなどの約定のもとに売買契約を締結し、即日内金七万五〇〇〇円を前記訴外人に支払つた事実を認めることができる。右認定に反する証拠はない。右事実によると、原告は本件土地を訴外柴田九八郎より県知事の許可を得ることを停止条件として買い受けたものと認められ、したがつて、原告は、本件土地の所有権を取得するにつき右訴外人に対し条件付権利ないしは期待権を有しその限度で右契約は有効と解すべきであつて、補助参加人らが主張するようにたとえ原告が農業を営む者ではないとしても、右契約が右認定の限度で効力を有すると解するにつきなんらの妨げとならないのみか、行政処分のなされる以前になされた私法行為は、その後なされた当該行政行為に対抗できず無効である旨の同人らの主張は採用の限りではない。つぎに補助参加人らは右売買契約は解除された旨主張し、成立に争いのない甲第六号証の六、一八、第二〇号証の二、丙第八号証の四ないし六によると、訴外柴田九八郎は昭和二九年一月六日、原告に対し、売買が法律上不能になつたことを理由として、前記売買契約の解約方を申し入れ、同訴外人はその後原告に返還すべき金員を、原告が受領を拒否したため、福岡法務局飯塚支局に供託した事実を一応窺うことができるが、成立に争いのない甲第六号証の五、丙第八号証の三によると、原告と右訴外人との間に右売買契約締結に当り、昭和二七年一二月末日までに右契約条項の実行が不可能となつた場合、原告にのみ解除権が留保される旨の特約がなされていた事実が認められる(右認定に反する証拠はない)ところから単に前記理由のみによる右訴外人の解約申入れによつては、いまだ前記売買契約が適法に解除されたということはできない。

したがつて、本件取消処分により右訴外人は本件土地のうち、別紙第一目録の土地の所有権を喪失することになる結果、原告もまた同訴外人より右土地の所有権を取得する条件付権利ないしは期待権を侵害されることになるから、原告は本件取消処分の無効確認の訴を提起する利益を有していると解すべきである。

よつてこの点に関する被告らおよび補助参加人らの主張は理由がない。

二、つぎに、補助参加人らは、原告は本件土地上に有していた家屋の所有権を喪失したことによりもはや、本訴請求を維持する利益を失つた旨主張するが、原告が本件土地につき前記のような権利を有している以上、本訴を維持する利益を有しているのは前記説示のとおりであつてこの点に関する補助参加人らの主張もまた採用することはできない。

第三本件取消処分を争う方法について

補助参加人らは、本件取消処分は、行政処分の取消を求める訴でなすべきところ、右訴提起の要件である訴願を経由していないのみか、出訴期間を徒過して本訴が提起されたものであるから原告の本訴請求は却下されるべきであると主張するので検討するに、原告の主張する本件取消処分の違法原因は行政処分の無効原因となり得るものであり、かつ原告の本訴請求は、いわゆる抗告訴訟でなく無効確認訴訟であることはその趣旨自体より明白であるから訴願前置、出訴期間の各制限を受けないものというべく、したがつて、この点についての補助参加人らの主張も理由がない。

第四被告知事に対する本件取消処分の無効確認請求について

自作農創設特別措置法による農地の買収および売渡の各計画は市町村農業委員会がこれを樹立するものであつて、右計画処分の取消も農業委員会等に関する法律第三三条によつて当該農業委員会が都道府県知事の確認を得たうえでこれをなすものである。(都道府県知事の確認はいわゆる行政処分でないことは後記説示のとおりである。)

ところで、行政処分無効確認訴訟の被告適格は当該行政処分をなした行政庁もしくは国のみがこれを有すると解せられるから、被告知事は本件取消処分の無効確認請求部分については被告適格を欠き、したがつて同被告に対する右請求部分は不適法として却下されるべきである。

第五被告農業委員会に対する本件取消処分の無効確認請求について

行政庁は、自己のなした行政処分を取り消すに当り、それによつて国民の既得の権利ないし利益を剥奪する結果となるような場合には単に行政処分の成立に瑕疵があることのみを理由にその取消をすることは許されず、その処分を存続させておく場合の公益的損失がこれを取り消すことにより生ずる法律秩序の破壊による損失よりも遥かに重大である場合に限りこれが取消が許されるものと解すべきである。

これを本件についてみると被告らは本件土地のうち別紙第一目録記載の土地は近く土地使用の目的を変更することを相当とする土地であつて、もともと自作農創設特別措置法第五条第五号により買収すべき土地ではなかつたものであり、かかる重大な瑕疵がある以上、これが買収および売渡の各計画を取り消すのが公益上の目的に適合する旨争うので検討するに、成立に争いのない甲第四号証、第六号証の一二、一七、二八、第一六号証の五、六、第一九号証の二、三および第二〇号証の二、原告本人尋問の結果(第一回)によつて原告の主張どおりの写真であることが認められる甲第九号証の五、証人山本安喜、同松本嘉良(第一回)の各証言、原告本人尋問の結果(第一、二回)ならびに検証の結果によると本件土地のうち、別紙第一目録の土地は前記買収処分当時より鉱害のため、農作物の生育に不適の土地となつており将来宅地に地目を変更すべき土地であつたところを誤つて農地と認定されたうえ買収および売渡の各計画が樹立されたため右瑕疵を是正するため本件取消処分がなされたことが認められる。

しかして、右のような瑕疵があつたことが、本件取消処分をする公益上の理由になり得るか否かについて考えるに、本件土地は、将来農地として存続する価値を失つた土地であるところから、農地の育成保護の増進などを目的とする自作農創設特別措置法ないしは農地法の公益的な保護を受けるに値せず、したがつて、本件取消処分をしないことによつて生じる損害は右のような公益的損失ではなく専ら、買収処分によつて本件土地の所有権を喪失した訴外鳥井シマの個人的損害に帰するというべきである。

しかして、他にも本件取消処分をなさねばならない公益上の理由はなんら認められないから、本件取消処分はそれが原処分後七年有余も経過してなされたことと併わせ考え、原告の前記権利を侵害するものとして無効といわなければならない。

第六被告知事に対する確認処分無効確認請求について

原告の被告知事に対する、同被告がなした確認処分の無効確認請求について判断するに、農業委員会等に関する法律第三三条によつてなされる右確認は下級庁の処分に対し、上級庁としての見解を表明したものに過ぎず、行政庁相互間の意思表示であつて直接国民の権利義務に影響を及す行政庁の処分とはいえないから、原告はその無効確認を求める利益を有せず、したがつて同被告に対する右請求部分は不適法として却下されるべきである。

第七結論

以上、判示のとおり、原告の本訴請求のうち、被告農業委員会に対する本件取消処分の無効確認を求める部分は、その余の点を判断するまでもなく、理由があるものとしてこれを認容し、被告県知事に対する本件取消処分、右取消の確認処分の無効確認を求める部分はいずれも不適法であるから実体について判断するまでもなくこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九四条、第九二条本文、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小西信三 楠賢二 松村利教)

(別紙第一、二目録省略)

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